2010年5月24日 (月)
私が歩くと後ろに「清」が残る。そう、私の仕事は清掃です。定年を迎え職安へ行ったら、「あなたのお住まいの近くには、60歳を過ぎた技術者の仕事はありません。」と言われた。東京や横浜へ満員電車に乗って一時間半もかけて通うのはもういやだと思っていたので、歩くか自転車でいける職場を探したら、歩いて15分のところにパートタイムで清掃の仕事が見つかった。応募して面接を受けたら、即座に採用が決まった。リゾートマンションの共用部分を掃除する仕事だ。ほうき、雑巾、モップを駆使して、ごみや汚れを取り除いて、道や庭や建物をきれいにする。かれこれ3年くらいこの仕事を続けている。最初は、汚いいやな仕事だと思っていたが、最近になって気がついたのが、私たちの仕事をしているそばを通る人は、必ず私たちにねぎらいと感謝の言葉をかけてくれることだ。「おかげさまで気持ちよく歩けます。」といった具合だ。
確かに作業内容は、単純な動作を延々と続けるようなことが多いが、毎日技の進歩はあるものだ。例えばモップというのは、水を含ませて、床についた汚れをふき取る道具であるが、最初は、ぬらすと床が透明になって汚れを隠してくれ、きれいになったように見える。しかし床が乾くと、汚れを広く薄く塗り広げたような感じになってがっかりする。よく絞って、モップの毛の繊維の隙間に汚れを吸い取るのが本来の機能だということになかなか気がつかない。絞り方、こすり方、歩く方向などをいろいろ変えてみて工夫をしながら掃除をすると、だんだん仕上がりがきれいになり、力を使わなくなる。野球のバットやテニスのラケットのように振った数だけ腕は上がる。これに気がつくと、ほうきでも掃除機でも工夫のしどころはいくらでも見つかる。
よく商品の広告に「ご使用前」と「ご使用後」を比較して効能を説明するケースがあるが、清掃というプロセスは、「きたない」を「きれいに」変えるものである。このことが分かると清掃の仕事も楽しいものになってくる。製造業やサービス業は、業務が細分化されて、自分の働きがどのように効果を顕しているのかを即座に見ることがむずかしい。それにくらべると清掃は、すぐに効果や結果が見えるという特徴がある。そう、「私の後ろに清ができる」のだ。
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