伊東クルージング

2017年5月4日から7日まで、伊東クルージングに出かけました。船橋ボートパークから三浦を経由して伊東まで100マイルを往復する航海です。
Poireau(ネギ)という21ftの小さなヨットにとってはかなりの距離です。
5月4日は、中井と越川さんとで、船橋漁港を9時過ぎに出港しました。風はまあまあの強さでしたが、真向かいから吹いていました。少し西寄りの風だったので帆を揚げて東京湾横断道(アクアライン)の橋を目指しました。エンジンもかなり高速で回りっぱなしにしました。途中エンジンが止まったのガソリンを補給しようとしたら、タンクにはまだ半分くらい残っていました。ガソリンを追加してエンジンをかけようとしましたが、なぜかかかりません。越川さんが必死になってポンプを動かした結果、何とかかかってくれました。橋をくぐってひたすら南下を続けて、第三海堡に差し掛かったところで、またエンストしました。ここでもまた20分以上燃料ポンプをもみ続けるというロスをして、やっとかかったら、富津の手前でしたので、航路を直角に横断することにしました。休日というのに頻繁に往来する本線を交わしながら、猿島の南まで来たところでタックを返して、観音崎へ向けました。ここで18時を回っていたので、目指していた諸磯湾までの航海はあきらめて、浦賀のシティマリーナ ヴェラシスに緊急入港することを決め、電話で申し込みをしたところ、快諾をしてもらい、30分くらいで到着しますと伝えました。ところが浦賀の湾口の手前で、またエンスト、風が東に回っていたので、風下には漁網と堤防、ジブは降ろしてあるので思うように上れないしスピードも付かないという、ひやひやの状況の中、ポンピングとエンジンを休ませるという手当で何とか再度エンジンがかかり、日没でかなり暗くなったマリーナまでたどり着きました。それでもハーバークルーの人たちは快く迎えてくれ、もやいを取ってくれました。この日は電車で自宅に帰って、バタンキューでした。

5月5日は、早起きをして京浜急行で久里浜に向かいました。8時過ぎに京浜久里浜に到着すると、越川さんが車で迎えに来てくれました。この日の航海は唐沢さんと一緒です。到着した彼を乗せて、車はシティマリーナ ヴェラシスに向かいました。予定より距離が増えたので、着くとすぐに近くのコンビニでお結びと飲み物を買い込んで、9時15分に出港しました。剣崎を大回りして、進路を250度に取ると、一直線で伊東に行きつけるはずです。城ヶ島の南側を過ぎて、しばらくは10杯以上のヨットが同じ方向を目指して走っていました。レースをやっているようです。案の定、黄色い南西ブイを過ぎると、彼女らは三浦半島の方へ戻っていきました。エンジンだけでは4日に起きたトラブルが心配でしたので帆走効率を高くしようとすると北西に近い針路を取らざるを得ず、真鶴岬に向かうコースとなりました。この日は相模湾全体に赤潮が大規模に発生していました。ピンク色で、ところどころ朱色に染まる海の上を渡っていきました。しばらく何も見えない海の上でしたが、初島が見えてきました。初島の南を通るコースに戻るため、タッキングをして南に向かわせました。風が西から少しずつ北へ回ってくれましたので、かなり速度も出るようになりました。残り1時間半くらいのところから、今日の停泊港の用意をしてくれた黒羽さんと、宿を提供してくれる新倉さんに電話を掛けました。予定より早く4時ごろに伊東港に入りました。漁船溜まり中の固定アンカーに艇を舫い、上陸しました。
黒羽さんとは初対面、新倉さんとは20年ぶりの面会です。早速新倉さんの車で夕食を取り、温泉に入りに行くこととしました。しばらく国道を南下して赤沢で国道から崖のような坂道を下った中腹にある磯料理屋の丸昌という店に入ると、席が空いていました。石鯛の船盛をおいしく戴きました。アワビとサザエとイセエビも載っていました。どれも新鮮でぷりぷりでした。新倉さんの別荘まで行く途中の砂浜にある露天の温泉にも入りました。海の上にたくさんの星が見えました。別荘で少し酒を飲みながら歓談し、1時ころに床に就きました。

6日には、6時に起きて、新倉さんの作った朝食を腹いっぱい戴き、7時には伊豆高原の別荘を出て伊東に向かいました。着くと直ぐに舫いを解いて、見送ってくれる新倉さんに手を振って、8時15分頃出港しました。伊東の山陰を出て初島が近くなると風は真後ろから吹いて、少し走りづらくなったので、北に向けて帆が利くようにしました。天気予報の通り、風はどんどん強くなり、10m/sを超えるほどになりました。ときどき舵が利かなくなるほど吹きました。そんな中相棒の唐沢君が酔ってしまい、グロッキーとなっていましたので、私が舵を持ってひたすら波の上を駆けずりました。あまりにスピードが出るので叫び声が出るほどでした。陸地が見え始めましたが、江の島の西を向いていたので、南下し始めたら、風が東に変わって向かい風になりました。やっと小網代のシーボニアマンションを見分けられるほどになり、艇はかなり南下を強いられました。波は追い波で風は向かい風という不思議な状態でしばらく走ると、諸磯のろうそく灯台が、どんどん近づいてきました。この日の停泊は諸磯漁港の岸壁と決めており、電話で連絡すると、管理人の本間さんが出て、入口の漁網と暗礁に気を付けて入港してくださいとのこと。息を吹き返した唐沢さんの操船で無事入港しました。このころには風はさらに強くなっていました。這う這うの体での入港でした。本間さんのご判断で、緊急避難ということでクラブの桟橋を使わせていただくことになりました。時刻は1時、4時間45分と超高速の相模湾横断となりました。この桟橋で、ゆっくり休んで、勤めている会社の社長に艇を見てもらい、ついでに翌日のクルーで乗ってくれる加藤さんを三崎口に迎えに行って宿のサンポート三崎まで送っていただきました。感謝。宿で生ビールを一杯戴き、食事をして、布団を敷いて横になると、そのまま寝込んでしまいました。

7日、サンポート三崎の西側にある広場で開催されている三崎朝市を見に行きました。おいしいマグロが安価で並んでいるのですが、クーラーボックスのない艇で一日航海をした後、電車で約二時間かけて帰るため、干物も買えませんでした。それでもマグロのもつ煮込みというのをいただきました。とても良い味で、もつというのは名ばかりで、血合いがほとんどかなと思いました。朝食を食べ、コンビニで昼食を買い込んで諸磯の桟橋へタクシーで向かいました。私はこれで4日目のお結び昼食です、さすがにキッチンのついていない船では火を使えないので仕方がありません。桟橋に着くとすぐにエンジンをかけて出港しました。9時15分。諸磯の湾内でセールを揚げ、エンジン全開で相模湾に出ました。城ヶ島大橋の下をくぐり、宮川の沖を通って、毘沙門の大きな定置網を交わすために、いったん保田の方に艇を進め、剣崎の沖で変針して久里浜の3本煙突を目指しました。お天気は快晴で、唐沢、越川、加藤と中井の4人は一路北を目指します。観音崎を回ったところで、唐沢さんが。航路を横断して千葉県側を行こうというので、このコースに乗りました。第二海保を右に見てしばらく行ったところで、針路を北に向けます。風の塔がちらっと見えてからガスがかかって、アクアラインの橋はなかなか見つかりませんでしたが、交代でお結びを食べていると橋が見えてきました。越川君はどうしてもカップ麺が食べたいというのでコンロに火をつけて、ほとんどヒールしない状態で二つのカップ麺を作りました。この日はエンジンの調子がよく、快調に距離を稼ぎました。アクアラインの橋の下をくぐり、幕張のビル群が見えたころ、風がアビームより少し後ろに回ったので、エンジンを止めて帆走することにしました。その後帆走でも5ktを超える快速で走ることができ、船橋航路に入ったところで4時になりました。しらせの横でセールを下し、FBP(船橋ボートパーク)到着は16時30分でした。そそくさと片付け、中華料理屋に入って夕食を摂りました。その店を出ると、急に夕立が降ってきました。少し遅かったらこれに濡れていたはずです、最初から最後までラッキーな航海でした。
おわり

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